ゆきれぽ

2025年9月10日

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『天才望遠鏡』

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あなたが「この人、天才!」と思う人はいますか。それはどなたでしょう。有名なスポーツ選手?それともあなたの周りの身近な人でしょうか。そして、その方のどんなところが天才だと思いますか。

今日は、天才たちと、その天才を近くで見ていた人たちの物語をご紹介します。

『天才望遠鏡』
額賀澪
文藝春秋

額賀さんは今年デビュー10周年だそうです。おめでとうございますー!

『天才望遠鏡』は、望遠鏡で夜空の星を観測するように、天才たち(まさにスターたち)と、彼らを近くで見ていた(観測していた)人たちの物語で、5つの短編が収録された連作短編集となっています。

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物語はまず、スポーツカメラマンの男性の話から始まります。彼はスポーツ雑誌の編集長から、将棋をスポーツとして撮ってほしいと依頼され、天才中学生棋士の撮影をすることになります。その対局相手は、かつての天才中学生棋士でした。カメラマンは、今話題の棋士より、対局相手のかつての天才棋士のことが気になってしまい、対局中もカメラで追ってしまいます。果たして勝負の行方は。

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二つ目の話は、「妖精の引き際」です。氷上の妖精と言われたオリンピック金メダリストのフィギュアスケーターの幼馴染の視点で物語が紡がれます。金メダルをとったあと結果が出せずにいる彼女に辞めてほしくないと思いながらも、幼馴染はそれを言えずにいます。また、そもそもそれを言うべきではないとも思っています。選手には終わりがあることをわかっているからです。

スポーツの世界では次々に新たな天才が現れ、主役が入れ替わっていきますからね。ほんと厳しい世界です。引き際については選手ももちろん悩むと思いますが、周りの人やファンにも葛藤はあります。この短編には、そんなリアルな心情が綴られていました。

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この後もさまざまな天才と天才の周囲の人たちの物語が続いていきます。少年のとある才能に気付き、それを無駄にさせないために動く大人や、ケガのせいで夢をあきらめ何もやる気がなくなった高校生、それから友人同士でもある人気作家と平凡な作家の物語もあります。

それぞれ独立した短編でありながら、ゆるやかに繋がっているので、一つの物語として楽しめます。

また、フィクションでありながらも、その内容は現実的です。多分それは、夢を叶えるための話ではなく、夢が叶った後の話が多いということと、天才たちと、彼らを見てきた人たちの物語というのも関係していると思います。自分とは環境も立場も全く異なるのに、他人事とは思えず、まるで自分の物語のようでもありました。ほろ苦さもあり、でもあたたかく。心にしみる一冊でした。

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