ゆきれぽ

2025年11月19日

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『どら蔵』

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今年の大河ドラマ『べらぼう』の放送も残りわずかとなってきました。『べらぼう』は、横浜流星さん演じる「蔦重」こと蔦屋重三郎の物語ですが、ドラマには当時活躍した人たちが次々に出てきて、物語を面白くしています。

最近は『東海道中膝栗毛』の作者、十返舎一九も登場しました。ドラマでは井上芳雄さんが演じています。『東海道中膝栗毛』は、弥次さんと喜多さんが江戸から大坂へ旅をする物語ですが、今日ご紹介する小説は、『べらぼう』の時代より少しあとの江戸時代後期に、弥次さんと喜多さんとは逆のルートで、それも一人で大阪から江戸へと向かうことになった、ある若者の物語です。

『どら蔵(ぞう)』
朝井まかて
講談社

朝井さんは、2014年に『恋歌(れんか)』で直木賞を受賞した人気作家で、これまで時代小説を中心に様々な作品を発表しています。私も朝井さんのファンの一人です。朝井さんの作品は言葉選びも文章もリズミカルで心地良く、まるで音楽のようです。時代小説ですと、今は使わない言葉も出てくるのですが、昔の言葉の響きの美しさもしっくりはまって、読んでいてとても気持ち良く、それこそ声に出したくなります。

今回の『どら蔵』も緩急のある心地いい文章を楽しませていただきました。もちろん肝心の物語もとても面白かったですよ!

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タイトルの『どら蔵』は、主人公のあだ名です。本名は寅蔵(とらぞう)ですが、ドラ息子ゆえ「どら蔵(ぞう)」と呼ばれています。

舞台は江戸時代後期。どら蔵は大坂の道具商の跡取りとして生まれるのですが、なまじ「目利き」自慢であったことから奉公先に大損害を与えてしまいます。大坂にいられなくなったどら蔵は旅に出ることに。辿り着いたのは江戸の骨董商の世界。ここで様々なお宝や個性あふれる人たちと出会うことになります。果たして自慢の目利きは江戸の町で通用するのか。この続きはご自身でお確かめください。

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とても面白かったです!わははと笑い、競りのシーンには毎回ドキドキし、終盤は思いがけず涙を流しと、どら蔵の素直な心がうつったのか、私までまっすぐな心でこの本を楽しみました。

ちなみに、どら蔵は素直ではあるのですが、お調子者で、お喋りで、とにかく自己肯定感が高いんです。例えば、〈ものは思いよう箸は使いよう、どうせなら機嫌よう生きてやらんと、この「おれ」がもったいない〉なんてことを言います。また、ポジティブ思考がいきすぎて、自分にとって都合のいい妄想をしてしまいがちです。ですが世の中、そう甘くはありません。妄想して期待をしては当てが外れて「おれ、ほんまアホやな」をを繰り返します。でも、憎めないのです。時々、鬱陶しいなと思うことはあっても(笑)、基本はいいヤツなんです。だから、みんなから可愛がられます。

また、彼の周りの人たちが個性派揃いで楽しいのも、この作品の大きな魅力です。そういう意味では、物語の世界観が大河ドラマの『べらぼう』と重なりまして、どら蔵がまるで若き日の蔦重のようにも見えました。お調子者のところもどこか似ているし。

それから、この物語は富山の皆さんにこそ、ぜひ読んでいただきたいです。と言うのも越中富山の薬売りが出てくるからです。それもメインのキャラクターとして。ですから富山の皆さんはより楽しめると思いますよ!しかも薬売りが出てくるお話がこれまたとても面白いのです。

『どら蔵』は、江戸時代の骨董商の世界を中心にしつつも、江戸時代の推し活、恋、食べ物など、当時の人たちの日常が描かれているため、客観的に江戸時代を眺めるというより、自分もそこにいる気分になりました。

秋の夜長、あなたも江戸の町へと繰り出してみませんか。

この物語、いつかNHKあたりでドラマ化してくれないかなあ。映像化された作品も見てみたい。

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