ブログトップページはコチラ

第11話「孤立する義仲」の巻(2020年2月11日・放送)

2020年2月11日

 

後白河法皇の策略に翻弄される義仲。

対抗すべく後白河法皇の軍勢を撃ち破りましたが・・・

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

----------

 

 

対立する義仲を排除するため、鎌倉の源頼朝と手を組んだ後白河法皇。

ついに、兵を集め、義仲を攻める準備を始めました。

葛藤の末、売られた喧嘩を買うことにした義仲。

あっという間に後白河法皇の軍勢を撃ち破り、法皇を幽閉してしまいます。

 

 

しかし、法皇の住まいを焼き討ちしたことで、味方だった武将たちの心は離れ、義仲はますます苦しい立場になるのでした。

追い打ちをかけるように、頼朝が弟の範頼(のりより)と義経を京の都へ派遣。

これに対抗する義仲、後白河法皇から征東大将軍の地位を手に入れます。

しかし、時すでに遅し。

範頼・義経の軍勢は京の入口である瀬田・宇治へと近づいておりました。

 

 

そして始まった、宇治川の戦い。

この時、義仲が派遣できた軍勢はわずか数百騎。

 

「ぴゅん、ひゅーん、ひゅーん、グサッ」(矢の音)

 

矢が降り注ぐ中、宇治川に乗り入れる義経軍。

 

「うおおおおっ」

「バシャバシャ、ひひーん」

「シャキーン、グサッ」

「ぐぐぐ…無念…」

 

義仲四天王の根井行親(ねのいゆきちか)や楯親忠(たてちかただ)らの奮闘もむなしく、義経軍に撃破されてしまいます。

 

 

一方、京を守っていた義仲。

 

(義仲)「これは、まずい。法皇を連れて、京を脱出するぞ! 巴!」

(巴)「で、ですが、もう、義経軍が法皇の住まいに迫ろうとしています!」

(義仲)「かくなる上は、我々だけで出発じゃ!」

 

逃れるように京を後にする義仲。

朝日将軍とまで讃えられた義仲でしたが、ここに至って、付き従う武将はわずかな数に減っていたのであります。

 

 

北陸へ逃れようとした義仲、なぜか、義仲四天王の今井兼平が守る瀬田方面へと進路を変えます。

義仲と兼平、「死ぬ時は一緒」と誓い合った仲。

そのことを思い出したのでした。

 

(兼平)「よ、義仲様…」

(義仲)「兼平…」

 

再会を果たした二人。

もしや、最期の戦いに挑む覚悟をしたのでありましょうか。

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第10話「後白河法皇と源頼朝の陰謀」の巻(2020年1月14日・放送)

2020年1月14日

 

平家を京の都から追いやり

入京を果たした木曾義仲でしたが

さまざまなことに翻弄されて思うようにことが進みません・・・

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

源氏一族の中で、いち早く平家を京の都から追いやり、入京を果たした木曾義仲。

倶利伽羅峠の戦いから二ヶ月たらずの快進撃でした。

しかし、義仲の前には大きな問題が立ちはだかっておりました。

都を去った平家一門が、食べ物を全て持って行ってしまったので、

義仲の軍勢およそ6万人分の食糧が、ほとんど都には残っていなかったのであります。

 

 

食べ物にありつけない武士たち。

庶民の家に押し入り、食糧を奪ったり、乱暴狼藉をはたらく者がでてきました。

 

(武士)「えーい。我々は平家を都から追いやった功労者だぞ。食べ物を出せ!」

(庶民)「ひえー。うちにはもう食べるものは残っていません」

(武士)「うるさい!文句を言うな。ずどん、どがん、がしゃん(家を壊す擬音)」

 

義仲は、乱暴狼藉をはたらいた者を厳しく処罰しますが、混乱は収まりません。

はじめは義仲の入京を喜んでいた庶民も、がっかりして、

義仲に対して冷ややかな目線を送るようになります。

 

 

新しい国づくりを目指して京へやってきた義仲。

平家追討の功労者である以仁王(もちひとおう)の子、

北陸宮(ほくりくのみや)を新しい天皇に推挙いたしました。

しかし、後白河法皇に反対されてしまいます。

 

(後白河)「義仲め、一介の武士が皇位継承に口を出しおって!」

 

後白河法皇は義仲を、疎んじるようになったのであります。

 

 

なんとか名誉挽回したい義仲は、西国(さいごく)に落ち延びた平家の追討に向かいます。

しかし、海上での戦いに慣れていない義仲軍、水島の戦いにおいて、

平家の水軍に大敗してしまいました。

失意の義仲のもと、京の都から、さらに驚くべき報せが。

 

 

なんと、後白河法皇が頼朝と手を組み、義仲を排除しようとしていたのです。

義仲はすぐさま兵を率いて京に戻りました。

 

(義仲)「自分は国のために戦ってきました。そんな自分をさしおいて、頼朝に肩入れするおつもりか!」

 

驚いた後白河法皇は、ひとまず義仲をなだめます。

しかし、自分に無礼な態度をとった義仲に対する怒りは収まりません。

都の治安回復と後白河法皇の策略に翻弄される義仲。

いったい、どうなってしまうのでしょうか?

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第9話「義仲、入京」の巻(2019年12月10日・放送)

2019年12月10日

 

いよいよ京の都を目の前にした義仲。

しかし進軍を止めてしまいました・・・

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

平家軍を追って、加賀国(かがのくに)から越前国(えちぜんのくに)、

そして近江国(おうみのくに)へと快進撃を続ける義仲軍。

ところが、京の都を目前にして、進軍を止めたのであります。

 

(義仲)「都に影響力を持つ比叡山延暦寺を味方につけなくては、京へ入れない」

 

思案する義仲。

 

 

そこで、覚明(かくめい)が延暦寺に向けて、

味方につくよう諜状(ちょうじょう)をしたため、送ることとしました。

これを受けて、延暦寺では、議論がわき起こります。

 

「今まで平家に味方していたのだから裏切ることはできない」

「いやいや、今は木曾義仲に勢いがある。源氏に味方すべきだ」

 

なかなか意見がまとまりません。

しかし、延暦寺は勢いのある木曾義仲に、新しい時代の息吹を感じ、

義仲に味方することを決めました。

延暦寺が味方についたことを知った義仲、ついに全軍で京の都に進軍したのであります。

 

 

対する平家、延暦寺が裏切ったことを知り、右往左往。

「倶利伽羅峠の戦い」で多くの将兵を失ったことから、

京の都を守ることができないことを悟りました。

清盛亡き後の平家の棟梁、平宗盛(たいらのむねもり)は、

安徳天皇を奉じて、西国に落ち延び、再起を図ることにいたしました。

 

 

都落ちする平家に代わり、都に入ったのは我らが義仲。

源氏一族の中で、いち早く平家を追いやり、入京を果たした木曾義仲であります。

 

「わーわー、戦もなく平家を追い出してくれたー」

「これで暮らしやすい世の中になるぞー」

 

庶民の歓喜の声の中、威風堂々、凛々しく馬に乗り行進する義仲。

そのそばには、家臣の今井兼平、樋口兼光、そして、巴御前の姿もありました。

 

 

そして、後白河法皇に御所で拝謁することとなった義仲。

平家一門を都から追い払った功績により、従五位下(じゅごいのげ)左馬守を任ぜられ、

朝日将軍の称号を賜ったのであります。

朝日将軍。

朝日のように、破竹の勢いで進軍してきた義仲に与えられた、まさに名誉ある称号。

この日が義仲にとって、人生で最良の日であったのかもしれません。

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第8話「無残なり、篠原の戦い」の巻(2019年11月12日・放送)

2019年11月12日

 

倶利伽羅峠の戦いののち、敗走する平家軍を追い、加賀国を西へ西へと向かう義仲軍

突然、見事な直垂を着用した平家方の武将が目の前に・・・

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

倶利伽羅峠の戦いののち、敗走する平家軍を追い、

加賀国(かがのくに)を西へ西へと向かう義仲軍。

対する平家軍。

加賀国の篠原(しのはら)で軍勢を立て直し、義仲を迎え撃ちますが、

勢いにのった義仲の軍勢に対抗できず、あっけなく打ち崩されてしまいました。

 

 

再び平家軍が京に向かって敗走する中、

見事な直垂(ひたたれ)を着用した平家方の武将が、ただ一騎、

義仲の軍勢に立ち向かってきました。

義仲の家臣、手塚太郎光盛がこの武将を相手にし、首を討ち取ったのでございます。

 

 

光盛は義仲のもとに首を差し出し、こう報告しました。

 

(光盛)「ただ一騎、名も名乗らず、戦いを挑んできました。立派な直垂を着用していたので、首をお持ちしました」

 

これを見た義仲。

何かを感じ、家臣の樋口兼光を招き寄せたのであります。

 

(義仲)「兼光、これはもしや、斎藤別当実盛殿ではないか」

 

 

斎藤別当実盛は、義仲が駒王丸と呼ばれていた二歳の頃、

父 源義賢が源義朝に討ち取られた際、殺されるはずであった駒王丸を匿い、

木曽に逃してくれた命の恩人でありました。

 

 

(兼光)「いかにも。この首は実盛殿」

 

兼光は断言しましたが、老齢となっている実盛の髪は白髪になっているはず。

ところが、この首の髪は真っ黒でありました。

そこで…

 

(髪を流す音)「じゃぶじゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ、ザーッ」

 

黒髪を池の水で洗ってみると、なんと白髪が現れてまいりました。。

 

 

(兼光)「そういえば実盛殿は、以前、こう申しておられました」

 

(実盛)「自分が年老いた武者だと分かったら、敵は侮って、相手にしてくれないだろう。だから、髪を黒く染め、若武者を装って戦う」と。

 

(兼光)「こたびは、殿と戦うにあたり、自分が実盛だと分かれば、命の恩人ということで手加減をするかもしれない、と思ったのでしょう」

 

(義仲)「そうか。これが最後の戦いと……死を覚悟しておったのか。なんと潔い……それにしても無残じゃ……」

 

命の恩人を討ち取ってしまったことを嘆く義仲。

しかし、平家との戦いはまだまだ続くのであります。

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第7話「勝利を呼ぶ鳩」の巻(2019年10月8日・放送)

2019年10月8日

 

今回は、現在の富山県小矢部市にある

埴生護国八幡宮にて倶利伽羅峠の戦い前に

先勝祈願をした際のお話です。

 

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

----------

 

 

般若野の戦いで勝利した今井兼平。

その報せを聞いた義仲本隊は一気に越中へ進出。

義仲は倶利伽羅峠のふもと近くに源氏の白旗を立て、大軍を装います。

対する、平家軍の総大将 平維盛。

 

「明日はいよいよ決戦! 今夜はゆっくり休んで疲れを取るのじゃ!」

 

 

一方の義仲。

あたりを見渡すと、小高い丘に社殿が見えました。

地元の武将、池田次郎忠康に尋ねると「埴生八幡宮」とのこと。

八幡宮は源氏の守護神。

義仲はそこで戦勝祈願することにします。

 

 

参謀役の覚明を呼び寄せた義仲、戦勝祈願文をしたためさせました。

 

(覚明)「きみょうちょうらい……むにゃむにゃ……

平家と戦うのは、天皇や朝廷を助けるため。そしてなにより庶民のため。

決して己の立身出世を願って戦っているのではありません。

ぜひとも、この戦(いくさ)、勝たせてください」

 

 

季節は梅雨。この時も小雨が降っておりました。

しかし、覚明が、祈願文とかぶら矢を奉納した瞬間、

突然、空が晴れ渡り、雲のすき間から鳩が!

 

(鳩の飛ぶ音)「ひゅーっ、バサバサバサッ、すいーー (鳩の鳴き声)」

 

舞い降りてきた鳩が、源氏の白旗の上を飛び回ったのであります。

 

(義仲)「鳩は源氏にとって吉兆。この戦(いくさ)、勝ちに間違いない!」

 

(兵士)「おーぅ!」

 

 

そして、その夜、義仲軍は、倶利伽羅峠で眠りこけている平家軍を取り囲み、

一斉に攻め込んだのであります。

暗闇の中、眠っているところを襲われた平家軍は大混乱。

次々と谷底へと消えて行きました。

 

 

そんな中、なんとか脱出できた平維盛は加賀国へと逃げて行きます。

追撃の手をゆるめない義仲。

しかし、梅雨時のため、加賀国の川は増水しております。

そこで、義仲軍の兵は手を取り合って、川を渡ったとのこと。

その川は、現在、手取川と呼ばれているそうな。

 

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第6話「義仲、越中へ」の巻(2019年9月10日・放送)

2019年9月10日

 

今回のお話は、平家を打ち倒し、新しい国をつくろう!と

木曾義仲に味方する武将が多く集まり、拡大していく義仲の勢力が

越中・現在の富山県へと進軍していくお話です・・・

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

挙兵した義仲の快進撃。

これに勇気づけられたのが、平家に苦しめられてきた北陸の武士団。

 

(武士団)「義仲に味方して、平家を打ち倒し、新しい国をつくろう!」

 

このような思いで、義仲に味方する武将が多く集まってきました。

拡大していく義仲の勢力。

しかし、これに恐れを抱いたのが源頼朝。

なんと、突如として、信濃国、現在の長野県に侵攻してきたのであります。

 

 

(義仲)「よ、頼朝め! 今は源氏同士、力をあわせて平家を撃ち破らなくてはならないのに」

 

頼朝と戦うことも考えた義仲でしたが、信濃国が戦乱に巻き込まれ、その隙に平家がますます力をつけることを避けるため、和平を結ぶ決断をします。

そのために、まだ十二歳の息子、義高を人質として頼朝のもとに送ることとなりました。

 

(義仲)「義高、わしは平家をいち早く打ち倒し、お前を迎えにいくからな! それまでの辛抱じゃ!」

 

(義高)「はい、父上。必ずや平家を打ち倒してください。それまで、しばしのお別れでございます」

 

 

さて、この頃、越中国、現在の富山県の朝日町には、打倒平家を訴えた以仁王の皇子 北陸宮がおりました。

義仲は、北陸宮を保護し、平家追討の大義名分を得たのであります。

これにより、さらに膨れ上がる義仲軍。

対する平家、北陸道へ大軍を派遣しました。

 

 

越中で激突することとなった両軍。

義仲は、まず、今井兼平を送り込むことにいたしました。

兼平は親不知の難所を通り、一気に越中国を駆け抜け、白鳥山、現在の富山市呉羽山を占拠。

西から侵攻してきた平家軍の先鋒は、白鳥山に源氏の白旗が立っているのを見て、いったん退却することを決意します。

 

 

その様子を見た兼平。

 

(兼平)「今が好機じゃ! 一気に押し込め!」

(人馬)「うおー、行くぞー、ひひーん、どどどどどー」

 

現在の高岡市常国、般若野の地で激しい戦いが繰り広げられました。

勇猛に戦う兼平軍、押しに押して平家の陣営を倶利伽羅峠まで押し返すことに成功。

今井兼平、大勝利であります。

そして、ここに大将義仲も合流。

あの有名な倶利伽羅峠の戦いの下地は整ったのでございます。

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第5話「義仲、挙兵」の巻(2019年8月13日・放送)

2019年8月13日

いよいよ、木曾義仲の戦いがはじまります。

さて、どのような戦いをしていたのかをご紹介します。

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

平家一門の繁栄のかたわら、庶民の暮らしは、ますます悪くなる一方。

そんな中、後白河法皇の皇子 以仁王は、平家を打ち倒すことを促す命令書「令旨」を

全国の源氏に配りました。

鎌倉にいた源頼朝、そして、信濃国にいた木曾義仲のもとにも、

その令旨が届いたのであります。

 

 

(義仲)「国を正し、庶民の暮らしを守るため。今がその時!」

 

 

治承四年、1180年9月、義仲は信濃国の豪族に呼びかけ、ついに挙兵。

集まった兵は一千騎。

中原兼遠の子 樋口兼光、今井兼平、そして、巴御前も鎧を着用し、薙刀を手にして、

義仲のそばに立っておりました。

 

(檄をとばす義仲)「今こそ、平家を討つぞ!」

 

(応える武将たち)「おおう!」

 

力強い鬨の声が木曽谷にこだましました。

 

 

こうして立ち上がった義仲軍。

幸先よく初戦を制し、その武勇が評判を呼び、義仲に味方する武将が増えてまいりました。

これに危機感を覚えたのが越後国の城氏。

大軍をもって信濃国に攻め込んできたのであります。

倍以上の敵を前に、横田河原に布陣した義仲軍。

果たして勝敗はいかに?

 

ここで一計を案じた義仲。

井上九郎光盛に、こう命じました。

 

(義仲)「平家の赤い旗をもち、城氏の本陣のうしろから近づけ!」

 

光盛は、義仲の命令どおり、赤い旗をかかげ、平家軍を装い、城氏の本陣に

近づいていきました。

 

 

(城氏の兵)「おー、味方が来たぞ! これで我ら城氏の勝利は間違いない!」

 

と、その時、

 

ドサッ、バサッ、シャキーン

 

光盛は赤い旗をうち捨て、源氏の白旗をかかげ、刀を抜いたかと思うと、

敵の本陣に駆け込んでいったのであります。

 

 

(義仲軍)「うおー うおー 我らは義仲軍だー!」

 

一斉に攻め込む義仲軍。

 

(城軍)「うわー、なんだ? なんだー? なんてこったー!」

「味方ではない! 敵だ、敵だー!」「逃げろ、逃げろー」

 

すっかり混乱した城氏の軍勢。

なすすべもなく、越後国へと逃がれていきました。

 

大軍を、わずかな兵力で見事打ち破った木曾義仲。

彼の戦いの人生は、こうして幕を開けたのであります。

 

< おわり >

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第4話「駒王丸から木曾義仲へ」の巻(2019年7月9日・放送)

2019年7月9日

中原兼遠の庇護のもと、すくすくと成長した駒王丸。
兼遠の娘である、後の巴御前との出会い、
木曾義仲を名乗るまでの出来事についてご紹介します。

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

----------

 

 

「わー、待てー。次郎ー、四郎ー。ハハハハハ」

 

父を殺され、木曽にたどり着いた駒王丸。

中原兼遠の庇護のもと、すくすくと成長していきました。

 

 

兼遠の息子である次郎、四郎とともに、山をかけまわったり、川で泳いだり。

木曽の豊かな自然が、駒王丸を強くたくましく育てていったのであります。

 

 

(鳥のさえずり)「ぴーちく、ちゅんちゅん・・・・・」

 

駒王丸「よし、今日はあの丘まで競争だ!

一番先にあの丘の木にたどり着いた者が勝ちじゃ」

次郎「わしが一番じゃ!」

四郎「なんの、わしも負けないぞ!」

巴「待って! わたくしも一緒に走ります!」

 

ここに登場した娘、巴。後の巴御前。

 

 

兼遠の娘であり、駒王丸、次郎、四郎の遊び仲間として、

いつも一緒に野山を駆け回っておりました。

 

 

この頃、京の都では「保元の乱」「平治の乱」が起こり、

源義朝は討ち死に、そして源頼朝は流罪に。

源氏の勢力が衰える世の中となっていました。

 

 

しかし、これに流されなかった兼遠。

源氏の由緒ある血筋の駒王丸が、将来、源氏の大将となるように、英才教育を施します。

駒王丸は兼遠の期待に応え、武芸を磨き、学問に励んだのであります。

 

 

そして、13歳になった駒王丸。

兼遠に、こう告げられました。

 

兼遠「駒王丸殿。13といえば、一人前になったと同じじゃ。

わしが烏帽子親となり、駒王丸殿の元服の儀を行いたいと思う」

 

駒王丸「ありがたき幸せに存じまする」

 

京にある源氏一門の氏神、石清水八幡宮。

木曽から遠いこの場所での元服は、並々ならぬ決意と期待の表れでございましょう。

 

 

厳粛な雰囲気の中、元服の儀が執り行われ、

駒王丸は「木曾冠者次郎源義仲」を名乗るようになりました。

木曾義仲誕生の瞬間でございます。

 

 

 

さて、この頃、我が世の春を謳歌していたのが平清盛を中心とした平家一門。

 

平時忠「平家にあらずんば人にあらず」

 

このような驕った発言をする者まで現れる始末。

しかし、平家が栄華を極める一方、庶民は飢えに苦しんでおりました。

 

「生きるのも辛い。誰か平家を倒してくれないじゃろうか」

 

新しい世の中を望む気持ちが庶民の間にも広がり始めます。

このことが、後に、木曾義仲が活躍する「源平合戦」へとつながっていくのでございます。

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第3話「駒王丸、木曽へ」の巻(2019年6月11日・放送)

2019年6月11日

 

今回は、後の木曾義仲、駒王丸がなぜ木曽へと行くことになったのか

についてお話します。

あの出来事がなければ、後の木曾義仲、そしてこの番組もなかったかもしれません・・・

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

後の木曾義仲、駒王丸が二歳のときのこと。

駒王丸の父 源義賢と、義賢の兄 源義朝の間で、板東の地をめぐり、

勢力争いが起こりました。

源氏一族、しかも兄弟同士の争いであります。

義朝は自分の息子、悪源太義平をつかわし、義賢の館を襲撃します。

 

「うお、ぐお、ぐぬぬ。あ、悪源太め。…無念」

 

無防備であった義賢はあっさりと討ち取られてしまったのでございます。

 

 

「駒王丸はどこにおる。生かしておいては後々のためにならぬ。

見つけ出して殺してしまえ!」

 

義平は家臣の畠山重能に命じます。

そして駒王丸を見つけ出した重能。

絶体絶命の駒王丸。

果たして命運は尽きてしまうのか。

太刀を振り下ろそうとした、その刹那……

 

 

「ダ、ダメじゃ。ワシに二歳の子供を殺すことはできぬ」

 

思わず駒王丸を助け出してしまった畠山重能。

しかし、主の命令に背くこともできません。

困った重能、同僚の斎藤実盛に相談したところ。

 

「それではワシが信濃国に落とそう」

 

実盛は、駒王丸を義朝・義平の勢力の及ばない信濃国へ逃すことにいたしました。

 

 

当時二歳の駒王丸は母、小枝御前とともに、いくつもの山を越え、信濃国の木曽にたどり着きました。

懐に駒王丸を抱いた小枝御前、屋敷の門をくぐりますと。

そこには堂々たる偉丈夫の中原兼遠が立っておりました。

 

 

「兼遠さま、どうか、どうか、この駒王丸を頼み申します」

 

「安心なされよ、小枝殿。この和子(わこ)こそは源氏の由緒ある血筋をひくお方。

お迎えするのは、我ら信濃衆にとってもたいへんな栄誉でありますぞ」

 

兼遠は駒王丸一行を屋敷の奥へと招き入れました。

屋敷を案内する兼遠の背中。

駒王丸はそこに父 義賢を重ね合わせておりました。

 

かくして、駒王丸は信濃国の権守 中原兼遠に庇護され、幼少期・青年期を木曽で過ごすことになったのでございます。

 

< おわり >

 

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM

第2話「駒王丸誕生」の巻(2019年5月14日・放送)

2019年5月14日


木曽義仲は、現在の埼玉県出身ってご存知でしたか?
今回は木曽義仲の誕生・どのような家系出身なのかについてご紹介します。

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

 

----------

 

 

時は久寿元年、1154年。

武蔵野国にある大蔵館。

 

「どどどどど、どどど(廊下を走り回る音)」

 

「小枝(さえ)、小枝はどこじゃ」

 

「どどどどど、どどど(廊下を走り回る音)」

 

大声をあげて、屋敷の廊下を男が走り回っております。

この男、大蔵館の主、源義賢。

 

 

さて、源義賢。どのような人物かと申しますと。

源氏の嫡流、源為義を父に持っておりまして、兄には源義朝。

この兄の子が、後に鎌倉幕府を開く、ご存じ源頼朝。

つまり義賢は源頼朝のおじさん、ということになります。

 

そのような由緒正しき男が、いったい何を慌てているのでしょうか?

 

 

「小枝(さえ)、小枝はどこじゃ」

 

義賢の声に驚いて、奥の間から飛び出してくる侍女。

 

「ああ、と、殿。こちらです。奥方様はこ、こちらに」

 

義賢が侍女の手招きする部屋に近づくと、中から赤ん坊の泣き声が聞こえてまいります。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ(赤子の声)」

 

 

部屋に入ると、割れんばかりの大声をあげてわんわんと泣きさけぶ赤ん坊。

その赤ん坊を抱いているのは、義賢の奥方、小枝御前であります。

 

「あっ、殿……」

 

義賢は小枝御前のそばにかけ寄り、どすんと腰をおろします。

 

「でかしたぞ、小枝。おお、元気な男の子ではないか。よく泣きよるわ」

 

「ええ、殿に似て、とてもやんちゃそうな子ですよ」

 

「はっはっは。そうか、やんちゃか」

 

 

「殿、この子の名前、考えていただきましたか」

 

「おお、名前な。先に決めておいたのだが、駒王丸はどうじゃ」

 

「ああ、駒王丸」

 

「そうだ。駒のように力強く、気高く……

そう、御嶽山の凛々しさを受け継ぐことを願って考えた名前じゃ」

 

「駒王丸、駒王丸。素晴らしいお名前です……」

かくして、駒王丸と名付けられた義賢の次男。

源氏の嫡流に連なるこの駒王丸の運命やいかに?

 

< おわり >

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:45 PM