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シーズンⅡ「巴御前」第9話「ライバル 頼朝・義経」の巻(2021年1月12日・放送)

2021年1月12日

義仲と従兄弟にあたる、鎌倉幕府を開いた源頼朝とその樹立に武功をもって貢献した源義経。

歴史上とても有名なこの異母兄弟について今回はご紹介します。

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

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兄 頼朝の命を受けて京へ攻め込んできた義経。

義仲も戦上手ではありましたが、味方の兵が少なく、鎌倉の大軍勢にはかないません。

 

「カキーン、キン、キン」(刀で戦っている擬音)

(義仲)「義経め、なかなかやるな」

 

京を逃れた義仲、鎌倉方に最後の戦いを挑み、悲劇の討ち死にを遂げます。

 

木曾義仲と戦った源頼朝と源義経。

3人は同じ源氏一族。しかも、従兄弟同士でありながら、敵対関係にありました。

三者三様の生きざまはいかに!

 

 

 

義仲が2歳のとき、父 源義賢が、義賢の兄 義朝に討たれました。

義朝の息子が頼朝。

つまり、義仲にとって、頼朝は父の仇の息子。

 

時は流れ、後白河法皇の息子 以仁王が平家打倒の令旨を全国の源氏に届けます。

鎌倉にいた頼朝、そして、木曽谷にいた義仲のもとにも令旨が届けられました。

 

(義仲)「一日も早く、平家を攻め落とし、日本国にふたりの将軍と言われよう」

 

義仲は頼朝と協力し、平家を倒そうと挙兵します。

 

 

 

しかし、義仲の勢力の強さを危惧した頼朝。

平家ではなく、義仲を討つため、信濃国に進攻してきたのであります。

 

(義仲)「ばかな! 今は源氏同士で争っている場合ではないのに!」

 

朝廷や庶民の暮らしを守るため、平家打倒に立ち上がっていた義仲は、自分の息子 義高を頼朝に差し出し、和平を結ぶことにしました。

父の仇の息子 頼朝に、自分の息子を差し出した義仲。

その気持ちはさぞや無念。

 

 

いっぽう、源氏一族の中でいち早く平家を都から追いやり、入京を果たした義仲。

徐々に、後白河法皇と対立していきます。

義仲を排除したくなった後白河法皇、鎌倉の源頼朝と手を組み、義仲を京から追い出そうとしたのです。

 

(頼朝)「今が義仲を追い落とすチャンス!」

 

頼朝は、義仲を討つために、弟の範頼、義経を京へ派遣します。

先を越された義仲への嫉妬心なのでありましょうか?

 

 

 

義仲が討ち取られた後、義経の活躍により、平家は滅びます。

長い源平合戦が終わりました。

しかし、またしても頼朝。

義経に人気が集まることを警戒し、自分の弟を討ってしまうのであります。

 

戦上手であった義仲と義経。

同じ31歳で亡くなりました。

頼朝の策略によって滅ぼされた2人。

最後に残ったのは頼朝。

鎌倉幕府を開き、歴史の表舞台に名を残しました。

 

<おわり>

 

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM