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[「義仲・巴」ラジオ紀行]

■ 「義仲・巴」ラジオ紀行  2019年6月放送 ■


#10「埼玉県嵐山町」【2019.6.4放送】

埼玉県嵐山町(らんざんまち)。
武士の世の扉を開き、その後の時代の流れに大きな影響を与えた武将、
木曾義仲は1154年にこの地に誕生しました。

嵐山町は、埼玉県のほぼ中央に位置し、都心からは60km圏内、
山あり渓谷あり、平地ありと、変化に富んだ自然の宝庫で、
日本の国蝶「オオムラサキ」が生息する地としても有名です。

こうした自然豊かな町の南部にある鎌形八幡神社(かまがたはちまんじんじゃ)の境内には、
町指定文化財である「木曾義仲 産湯の清水」が湧き出ています。
義仲、幼名「駒王丸」が誕生した際、この地の7つの清水から水を汲み、
産湯にしたといわれていますが、
そのうち、現在まで残された唯一の清水として、
地元の人々によって大切に守られています。

また、嵐山町は義仲の父、源義賢が討たれた地であり、
義賢の館があったとされる大蔵館跡(おおくらやかたあと)、
義賢の墓と伝えられる五輪塔が残されているほか、
義仲、義賢にまつわる数多くの伝承があります。

こうした史跡・伝承を未来に引き継ぐため、
町では地元観光ボランティアガイドの皆さんによる、
義仲ゆかりの地の魅力を発信する活動が活発に展開されています。

義仲生誕の地「嵐山町」では、全国の義仲ファンの皆さまのお越しをお待ちしています。

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#11「富山県朝日町」【2019.6.11放送】

富山県の東に位置する朝日町。
新潟県や長野県に接し、日本海に面して遠く能登半島を望むことができます。

また、ヒスイの産地として知られおり、
縄文時代のものとされるヒスイの原石を加工した勾玉(まがたま)が
出土するなど、古来から日本各地と交易があったことがうかがえます。

朝日町には、標高248メートルの山頂から山腹を利用して築かれた
県内最古の山城(やまじろ)、宮崎城がありました。

平安時代末期、朝日町を中心に入善町から新潟県糸魚川市市振(いちぶり)地区までを
治めていた地元豪族「宮崎党」を率いていた
宮崎太郎長康(ながやす)により築城されたものです。

義仲が後白河法皇の皇子「以仁王(もちひとおう)」の令旨(りょうじ)のもと、
打倒平家のため挙兵した際、宮崎城は越中そして京に向かって軍を進める拠点として、
重要な役割を果たします。

また、以仁王の皇子「北陸宮(ほくりくのみや)」をこの地に迎え、
その身を守る役目も担いました。

こうして源平合戦の歴史上の大きな舞台となった宮崎城。

現在、宮崎城跡(じょうせき)には、
北陸宮の墓、そしてその墓を見守るように建てられた宮崎太郎長康の供養塔が残されています。

美しい自然海岸が眼下に広がる宮崎城跡から、
越中武士団の勇士に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

詳しくは朝日町または町観光協会にお問合せください。

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#12「長野県木祖村」【2019.6.18放送】

数多くの義仲ゆかりの地、伝承が残されている長野県。
県を流れる木曽川の最上流に位置する自然豊かな山あいに、木祖村があります。

村の東側にある鳥居峠(とりいとうげ)には、
義仲にまつわる次のような言い伝えが残されています。

義仲は、「以仁王(もちひとおう)の令旨(りょうじ)」のもと、
打倒平家を目指して旗挙げしますが、兵を進めるにあたり、
鳥居峠の頂上で大夫坊覚明(たゆうぼうかくめい)に
「願書(がんしょ)」をしたためさせたといわれています。

大夫坊覚明とは、平安時代末期から鎌倉時代初期の僧であり、
戦いの必勝を祈願した文書である「願書」を起草するなど、
義仲の参謀として大きな役割を果たします。

義仲は、必勝祈願のため、峠に湧き出る清水から「硯の水」を汲み取りますが、
この時、傍らにあった柳の木から1本の枝を折り、
清水のそばにその枝を差して、周囲に向けて高らかに宣言します。

「私の念願である打倒平家が成就したあかつきには、この柳の枝は根を生やし、大きく成長することであろう」と。

そして、義仲の宣言どおり、
この地には柳が繁茂したという伝説が語り継がれています。
 
現在の鳥居峠は、近年の健康志向や歴史ブームも手伝って、
人気のトレッキングコースとして、国内はもとより海外から訪れる観光客で賑わっています。

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#13「富山県上市町」【2019.6.25放送】

富山県内における義仲や巴御前にゆかりのある地。
小矢部市、南砺市、朝日町をはじめとして、
地元の越中武士団である宮崎太郎長康や石黒光弘の活躍など、
多くの史跡、伝承が残されていますが、
今回は、上市町に伝わる昔話をご紹介します。

上市町には、地域ごとにたくさんの民話・伝説が残されており、
お地蔵さまにまつわる昔話も多くあります。

町の旧市街地である南町、現在の町立図書館近くにある地蔵堂には、
お地蔵さまと並んで「赤い石」が祀られています。

この赤い石は、遡ること今から800年以上前、
のちに朝日将軍といわれた木曾義仲が打倒平家のため、
この地を通った際、腰をかけて休んだと伝わる石です。

地元の人々はこの話を後世に伝えるとともに、現在に至るまで石を大切にしてきました。
また、この石にお祈りすると、瘧(おこり)が落ちる、
熱病が治ると信じられ、「おこり石」と呼ばれているということです。

現在、上市町では「マチナカ歴史散策コース」として、
この南町の地蔵堂を含めた街歩きモデルコースを紹介しています。

その地域ごとに残された「いにしえの物語」に触れながら、
是非「マチナカ」を旅してみてはいかがでしょうか。

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